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大田原市〜那須与一のまち〜

  • 執筆者の写真: うらのりょうた
    うらのりょうた
  • 2019年11月17日
  • 読了時間: 2分

更新日:3月26日

大俵ハンバーーーグ!!大田原市(おおたわらし)は那須与一のまちです。那須氏の拠点が置かれ、有名な武将・那須与一(なすのよいち)の故郷です。市内には「那須与一の墓所」、「道の駅那須与一の郷」、「那須与一伝承館」などがあります。(以下大田原市HPより)1185年2月、源義経は四国屋島に陣を構える平氏を背後から攻めたて、慌てた平氏は船で海に逃れ海辺の源氏と対峙することになりました。沖から立派に飾った一艘の小舟が近づき、美しく着飾った女性が、日の丸を描いた扇の竿の先端に付けて立っています。「この扇を弓で射落としてみよ」という挑発でした。義経は、弓の名手那須与一 を呼び寄せ「あの扇を射て」と命じました。与一は何度も辞退しましたが、聞き入れてもらえず意を決して馬を海中に乗り入れました。与一は鏑矢を十分に引絞ってひょうと放ち、正確に扇の要から一寸ほど離れたところを射切りました。扇は空に舞い上がったのち春風に一もみ二もみもまれて、さっと海に散り落ちました。紅色の扇は夕日のように輝いて白波の上に漂い、浮き沈みました。沖の平氏も陸の源氏も、これには等しく感動しました。(以上大田原市HPより)



戦国時代以降は大田原氏の居城・大田原城の城下町となり、栃木県北の政治経済の中心を担ってきました。現在でも城下町の風情が残ります。


特に、大田原市黒羽地区は松尾芭蕉も愛した場所です。2年間にわたって江戸から北海道までを旅した「奥の細道」の期間中、最長となる14日間滞在しています。黒羽では藍染が盛んでした。現在、唯一技術を伝承しているのが創業200年余の「黒羽藍染紺屋」です。


まちの特産品は竹。著名竹芸作家を多数輩出しており、上野動物園のパンダが食べているのも大田原市の竹です。市内には「竹のギャラリー」があります。


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日本1718景とは

「私のまちは何もないよ」

自己紹介でよく聞くセリフです。
大学時代、この言葉に違和感を覚えたことを

きっかけに12年かけて日本を踏破。

すべてのまちに魅力があるはずだし、

すべての人がまちに誇りを持ってほしい。
知らないまちを知ったり訪れるキッカケをつくり、
日本の津々浦々が盛りあがるようにー

そんな願いから、このサイトができました。

 

コンセプトは

1分で読める全市町村観光サイト。

では、みなさま、よい旅を。

 

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