奈良時代に城が築かれ、江戸時代には秋月家3万石の城下町として栄えた高鍋町(たかなべちょう)。
明治時代以降は高鍋町、新富町、木城町、川南町、都農町、西米良村で構成される児湯(こゆ)地方の中心都市として発展し、宮崎県内で最も小さい市町村ながら出先機関や商業施設が充実しています。
まちのシンボルである石像群「高鍋大師」は、近隣の持田古墳群の霊を慰めるため、町内で米穀店を営んでいた岩岡保吉さんがつくったもの。
宮崎市内を散策している際、「餃子のまち高鍋」と書かれたバスの広告発見。餃子好きとしては黙っていられず、慌ててレンタカーを高鍋町に走らせます。訪れたのは「馬渡」さん。社長のお孫さんだという看板や勘定札がとても可愛い。そして、店内は大賑わい。揚げ餃子のような見た目で、パリッとモチッが同時に楽しめます。餡はどちらかといえばさっぱりしており、甘味が感じられます。晩酌用にテイクアウトもしました。
さらに、「山椒茶屋」さんで宮崎名物の「釜揚げうどん」もいただきました。
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